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オリエンタルラジオ 1

「小島よしお」と「有吉弘行」は、なんでもわかっているという感じがしている状態で登場し、司会者にいじられて確実に笑いを取る芸人になったり、芸能人たちが言い返しやすく的を得ている特徴に更にユーモアを交えた「あだ名」を次々と披露していき、今の安定した地位を築き上げていった。
それでは、2000年代に起きた「お笑いブーム」で、一番のブームを起こしたと言っても良いほどブレイクした「オリエンタルラジオ」について考えてみようと思う。

まずオリエンタルラジオがどのようにして売れていったのかというと、中田敦彦と藤森慎吾の2人で吉本の芸人養成所であるNSCに2004年に入学し、すぐに本領を発揮してその年の「M‐1グランプリ」に出場し、オリエンタルラジオの代名詞である「武勇伝」というネタで準決勝まで進出している。
これは非常に稀なことであり、未だかつてNSCに入学したときに準決勝に進出した芸人は、オリエンタルラジオ以外未だに存在していない。
そのためオリエンタルラジオはすぐに注目され、NSC生はNSCを卒業するまでテレビ番組には出演出来ないという暗黙のルールのようなものがあったが、その暗黙のルールを打ち破り「武勇伝」で、TBSで放送されていたオーディション番組である「ゲンセキ」に出演して話題となり、そこから「エンタの神様」などの人気番組に出演して大ブレイクを果たしたのである。

では、NSCの暗黙のルールをも打ち破り、オリエンタルラジオの名前を轟かせるきっかけとなった「武勇伝」とはどのようなネタなのだろうか。
「武勇伝」とは、お笑いブームの流れに乗っかって有名になろうと考え出されたネタであると中田敦彦は語っている。
流れに乗っかって有名になるために中田敦彦は、お笑いブームの流れをしっかりと読み、今までにお笑いブームに乗っかって落ちていった芸人たちのネタを研究していったため、キャラクターやフレーズに頼らないでわかりやすいネタを作ることができたのだろう。
そのため武勇伝とは、なにかのキャラクターを作ったネタなどではなく、「なんでだろう」のようにフレーズを強調したネタのせいで、ネタの幅を広く展開できないネタでもない。
つまり「武勇伝」というネタは、キャラクターを必要とはせず、どのようなネタであっても「武勇伝」と言えてしまうようなフレーズを選んだため、ネタの幅を広く展開できて、それをリズムに乗せて披露していったため視聴者にはわかりやすい、考えつくされたネタなのである。

このようにお笑いブームの流れに乗っかって、有名になろうと考え出された武勇伝でブレイクしたため、オリエンタルラジオは破竹の勢いで人気となっていき、「ゲンセキ」という番組で選ばれた芸人10組で行われたコント番組である「10カラット」にも出演し、2005年11月28日にCSファンダンゴTVやインターネットで放送されていた「ヨシモト∞」という番組のMCとなり、過去最速とも言われている芸暦1年目にして初の冠番組を持ち、ここからオリエンタルラジオは2007年7月1日まで仕事がない日は無くなる。なぜならこの「ヨシモト∞」という番組は、夕方の4時から6時30分くらいまで、365日毎日生放送していた番組だったからである。
更に様々なテレビ番組に出演しながら、ニッポン放送で2006年4月7日からオリエンタルラジオがパーソナリティーを務める「オリエンタルラジオのオールナイトニッポンR」がスタートし更に多忙を極める。
オリエンタルラジオの勢いはまだまだ止まらず、2006年10月からレギュラーとなった「笑っていいとも!」を皮切りに、「オビラジR」が2006年10月2日にスタートし、「オリキュン」が2006年10月18日、「週間オリラジ経済白書」が2007年4月17日、「ドッカ~ン!」が2007年4月21日にスタートし、日本テレビで毎年開催されている「全国高等学校クイズ選手権」のパーソナリティーなど、芸暦3年目にしてゴールデンの時間帯の番組が3本、深夜番組のレギュラーが2本、ラジオが1本、CSが1本の計7本のレギュラー番組を持つことになった。
更にCMでは、「進研ゼミ中学講座」や「ピザーラ」などにも出演するほどのブームを起こしたのである。

しかし、「オリキュン」「週間オリラジ経済白書」「ドッカ~ン!」などの番組では、全て台本通りの番組でオリエンタルラジオの個性を全く伝えることができなかったり、藤森慎吾のつっこみや仕切りがまだ未熟であったりなどのことが目立ったため、2007年3月には「笑っていいとも!」以外のレギュラーが全て無くなり、一気に墜ちて行ってしまったのである。

しかし、一時期はほとんど見かけなくなってはいたが、最近のテレビ番組では結構見かけることがある。
それはやはり中田敦彦に能力があるからだろう。
「ジョジョの奇妙な物語」「エヴァンゲリオン」「自転車」などの趣味を活かしていろいろな番組に出演したり、「中学の時イケてない芸人」ということで「アメトーーク!」に出演したり、慶應義塾大学経済学部卒という学歴を活かしてクイズ番組に出演したりなどもできるため、最近のテレビ番組では結構見かけることがあるのだ。
更に実は中田敦彦のトークは面白い。
人気があったときの中田は、全て台本通りの番組だったため、個性を全く伝えることができなかった。
しかしフリートークのできる「ヨシモト∞」や「オリエンタルラジオのオールナイトニッポンR」では、ほとんど中田一人で笑いをどんどん取っていっていて、若い女性だけではなく男性も結構視聴していたほど中田のトークには注目されていた。
他にも「人志松本のすべらない話」にも出演していたり、「小島よしお」や「有吉弘行」のように、一発屋であるということも上手くトークにアドリブで入れたりなど、面白さにも定評が出てきた。
だからこの中田敦彦は、あとはこの面白さを世間に定着させるだけなのである。
しかし、これ以上は無いのである。
これからのトークはもっと面白くなってはいくはずなのではあるが、「有吉弘行」のように再ブレイクする決定打が無い気がするのである。

つまり、藤森慎吾が今後のオリエンタルラジオの運命を左右するといっても良いだろう。
だから藤森慎吾についても考えてみようと思う。
まず、人気があったときの藤森が、つっこみが出来ていないなどの評価を受けることは当然である。
なぜならボケ役はその芸人のセンスだけが問われるが、つっこみは経験と努力によって上手くなっていくものなのである。
「島田紳助」でも述べたように、お笑いで一番難しいものは喋りの「間」である。
芸暦も浅いのに、芸人がボケてきたらそれにつっこむというのは、その芸人をよく知らないと出来ないことであるし、どの間でつっこめば面白くなるかなんて3年目でわかるはずが無い。しかもそれに加えて司会もしなくてはいけない。
だから藤森のつっこみが出来ていないなどの評価を受けることは当然なのである。
そのため今オリエンタルラジオは、舞台や漫才ツアーなどもやっていて、藤森にいろいろな経験させていて、これからつっこみがどうなるのかが楽しみである。

しかし、今の藤森慎吾の芸風には問題があると思う。
このままのキャラではブームのきっかけを作ることは出来ないのではないかと思ってしまうのである。
藤森の今の芸風は「チャラ男」である。
クラブの常連で顔パスで入場できるとか、お酒を飲むときのコールとかを披露して最近テレビに出ることがある。
しかし、この女遊びが激しいチャラ男というキャラクターであると、藤森慎吾は男前ランキングにランクインするほどのイケメンであるから、女性は引いてしまい、男は嫉妬をしてしまうのである。
それを実証するのが、「ロンドンハーツ」のマジックメールという企画で、田村淳が女性に成りすまして藤森を誘うメールを送るという内容が放送され、通常ではそれに乗ってきた芸人に罰を与えるはずなのに、藤森を誘うようなメールを送るシーンだけが放送され、罰を与えられないまま放送が終了した(実際に藤森が罰を与えられるシーンの放送は次週だった)ため、藤森がその女性と関係を持ってしまったというありもしない事をインターネットの記事にされてしまったのである。
こんなことはよく考えればウソだとわかる話で、その後はその女性と関係を持ってしまったなんて内容のものを、最初に放送するわけが無い。
しかしこれは、今の女遊びが激しいチャラ男だというキャラクターのせいで、女性には引かれて、男には嫌われているため、このようなありもしない記事が勝手に書かれてしまうのである。

だからこのように、女性には引かれて、男には嫌われるキャラクターではダメなのでは?と思うのだが、このキャラクターが上手く化けるかもしれないということを考えると断言はできない。
しかし、これからの「オリエンタルラジオ」がまた再ブレイクするのは、この藤森慎吾にかかっていることは間違いない。それに注目したい。

なぜなら、一度は落ちた芸人が、また這い上がってくるときには革命が起こるからである。
小島よしおは、一発屋芸人は1年くらいしか持たないという常識をくつがえしているし、
有吉弘行は、今までタブーのように扱われてきた毒舌というものを、出演者や視聴者から求められるようにもなった。
このように今では考えられなかったことが、一度は落ちた芸人が変えるかもしれないのである。
その可能性が一番あるのが「オリエンタルラジオ」なのではないだろうか。
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