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8時だョ!全員集合

「8時だョ!全員集合」は、1969年10月4日から1985年9月28日のまで、毎週土曜日の夜8時からTBSで生放送されていたザ・ドリフターズによるコント番組である。
当初のドリフターズのメンバーは、「いかりや長介」「荒井注」「加藤茶」「高木ブー」「仲本工事」の5人である。
番組の内容は、まずは「いかりや長介」が番組開始時に登場し、「おいっすー!」などのかけ声で会場を盛り上げ、このメンバー達のキャラクターを上手く使った作りこまれたコントを舞台で行った後、その当時人気のアイドルや、実力派の歌手などが歌を披露し、「少年少女合唱隊」というコーナーでドリフターズとアイドルの歌手などが合唱をして笑いを取っていき、その後にはメンバーがショートコントを披露してエンディングとなり、「ドリフのビバノン音頭」をメンバーが歌うという番組内容である。

ここまでの内容のものが全て生放送として放送されていたため、次に何が起こるのだろうと期待しながら子供は見ていて、コントで使用されたギャグは、次の週の月曜日からの学校で大流行し、先生や親が迷惑する番組でもあるため、「子供に見せたくない番組ランキング」でも必ず選ばれるという伝説の番組である。
そのため、この番組全体の平均視聴率は27.3%、最高視聴率は50.5%、全盛期では40~50%という視聴率を稼ぎ出し、「お化け番組」「怪物番組」などとも呼ばれるようになっていて、今でも語り継がれる伝説の番組となったのである。

しかし1974年、そんな人気絶頂のドリフターズから、耳を疑うような事実が発表されたのである。

それは、「This is a pen」「なんだバカ野郎!」といったギャグで、加藤茶と共にドリフターズで爆笑を取っていた「荒井注」が、1974年3月30日に突然ドリフターズから脱退をしたということである。
これには視聴者全員が激しく動揺したことであろう。
「この番組は終わってしまうのか?」「荒井注がいなくなったら加藤茶だけで笑いをとっていくのか?」などという不安に、視聴者はかられていたはずである。
そんなときに、ドリフターズの見習いという立場から、正式メンバーとして登場したのが、今では日本一といってもいいほど有名な芸人の「志村けん」である。

しかし、そんな志村けんであっても加入時は、今では考えられないほど世間には全く受け入れられなかったという。
その原因とは、あの荒井注の後が、今まで見習いだった奴に務まるわけがないだろうというイメージで、受け入れられなかったのである。しかもそれは2年間も続くことになる。
では、この荒井注という芸人が、なぜここまで視聴者には受け入れられていたのかというと、荒井注の人気とは大人の視聴者からの人気だったからである。
子供は加藤茶の下ネタで笑ってはいるが、大人はそれでは笑わない。
しかもそれだけの番組であれば、下ネタで笑いを取る番組だということで、本当に「子供に見せたくない番組」となってしまう。
しかしそんな大人たちは、荒井注の怖い風貌から笑いを取っていくという面白さに笑っていたのである。
そのため「8時だョ!全員集合」は、「子供に見せたくない番組」であったとしても、子供から大人まで観ることができる番組となり、今でも語り継がれる伝説の番組となっているのである。

しかし、その立役者である荒井注が脱退してしまったのだ。
だから加入時の志村けんは、なかなか視聴者には受け入れられなかったのである。
普通の芸人であれば、歴史の立役者の後を継ぐなんてことがあった場合、プレッシャーに押し潰され、視聴者にはやっぱり荒井注のほうが良かったななどと思われて、その芸人の芸人人生や、その番組自体も終わってしまっていたかもしれない。
更にその当時は、「欽ちゃんのドンとやってみよう!」が人気番組となり、土曜の8時は「8時だョ!全員集合」ではなくなりかけていた時期でもあった。

しかし、志村けんという芸人はこのとき既に、普通の芸人とは違い、日本一のお笑い芸人の素質があったのである。
志村けんは、「8時だョ!全員集合」の人気コーナーである「ドリフの少年少女合唱団」で、そんな逆境をも跳ね返す逆転ホームランを狙った。
それがあの「東村山音頭」である。
志村けん自信の出身地である、東京都東村山市で実際に唄われているという簡単に覚えてしまう歌詞とメロディーと振り付け。
これが子供の間で爆発的に広まり、荒井注の後任などということは視聴者に忘れ去ることに大成功し、ここから志村けんは若干26歳にしてドリフターズの不動のメンバーとして大活躍していったのである。

そして「8時だョ!全員集合」は、また高視聴率を取るようになり「欽ちゃんのドンとやってみよう!」を終了させ、土曜の8時は「8時だョ!全員集合」という地位を取り戻し、それから1985年9月28日まで続き、今でも語り継がれる伝説の番組となっていったのである。
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