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お笑いネタブームのまとめ

お笑いのネタ番組はこれ以外にも数多く存在している。
しかし世の中の流れに影響があったのは、これらのネタ番組であると思う。

流れをもう一度整理すると、
1960年代には、落語家や伊東四朗のいたてんぷくトリオなどの第一次寄席ブーム。
1970年代には、やすしきよし、コメディーNo.1、中田カウス・ボタンなどの第二次寄席ブーム。
1980年代には、やすしきよし、ツ―ビート、紳助竜介、B&B、ザ・ぼんちらがブームを起こし、芸能界のシステムを大きく根本的に変えた「漫才ブーム」。
そしてもう一つ漫才ブームを支えたのが若手芸人のオーディション番組である「お笑いスター誕生!!」
1990年代には爆笑問題、くりぃむしちゅー、ネプチューン、土田晃之らが出演しいて有名になったボキャ天ブーム。
そして2000年代には「エンタの神様」、「レッドカーペット」、「M-1グランプリ」などの番組が作ったお笑いブーム。
という流れがあった。

こう見てみると、10年おきにネタブームが起きているということに気付くはずである。
M-1グランプリやR-1ぐらんぷり、キングオブコントなどの特別番組が、この先どうなるかはまだわからないが、長かった2000年代のブームはもう終わるだろう。
しかし今はもう2010年である。
10年おきにネタブームが起きるとしたら、これからまたすぐにインターネットなどを使い、違う形でブームが始まるのではないかとも考えられるが、次にまた何が流行るかわからないということを考えると、これからのことなど全くわからない。
しかし、なぜこんなに2000年代のお笑いブームは、こんなに長かったのかということは考えることができる。

まず、テレビを変えた1980年代の漫才ブームから考えてみると、
1980年代の漫才ブームは、実質2年くらいのブームである。
1979年の秋から澤田隆治というプロデューサーが、「花王名人劇場」でブームを作り、その流れで、ここには全く書いてはいないが「THE MANZAI」という番組で漫才ブームになったが、1982年にはその番組は終わり漫才ブームも終わっている。
1990年代のボキャ天ブームは、「タモリの超ボキャブラ天国」という番組が1996年10月から始まったと考えて、終わったのはパイレーツが流行語大賞を取った1998年くらいまでだろう。
つまりボキャ天ブームも2年くらいのものである。
しかし2000年代のお笑いブームは、エンタの神様からブームが始まったと考えても2003年から、2009年くらいまでで6年くらいである。
つまり今までのブームよりも3倍近い期間、お笑いブームは続いたのである。

それはなぜなのかということを考えてみると、2000年代お笑いブームとは、1980年代の漫才ブームと、1990年代のボキャ天ブームの2つの要素を合わせたのがお笑いブームだからではないだろうか。
エンタの神様という番組は、漫才ブームの火付け役となった澤田隆治プロデューサーの技術である「出来が悪ければ放送しない」「客席の笑いをちりばめる」という2つの技術を、エンタの神様のプロデューサーである五味一男プロデューサーが引き継ぎ、それをうまくアレンジして流行らせた番組である。
爆笑レッドカーペットという番組は、「ダチョウ倶楽部」のリアクション芸や「ウッチャンナンチャン」のショートコント、そして「タモリの超ボキャブラ天国」のショートスタイルのネタのブームを、10年越しにまた少し違う形で「爆笑レッドカーペット」が引き継ぎ、それをうまくアレンジして流行らせた番組である。
このように2000年代のお笑いブームとは、1980年代の漫才ブームと、1990年代のボキャ天ブームの2つの要素を合わせたのがお笑いブームなのである。
だからお笑いブームは、今までのブームよりも3倍近い期間、お笑いブームは続いたのではないだろうか。

つまりこれらのお笑いのネタブームについて、これを踏まえて考えてみると、
次にお笑いのネタブームが起こったときにも、よく考えてみるとまたなにかをアレンジした番組であるという可能性は非常に高いと考えられる。
しかしもしかしたら、今までには全く無かった革命的な番組であるのかもしれない。
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