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明石家さんま

本名:杉本 高文
明石家さんまは18歳の時に、落語家の2代目笑福亭松之助に弟子入りした。
「明石家」は笑福亭松之助の本名「明石徳三」から貰い受けたもので、当時は松之助門下の多くが「明石家」を名乗っていた。
笑福亭松之助は、家業から名前を付けることが多く、さんまの兄弟弟子には、実家が自転車屋だったから明石家サドル、美容室だったから明石家パーマなどが命名されている。
そのため明石家さんまの芸名の由来は、そのまま実家が秋刀魚屋だったためである。
「明石家さんま」命名時のエピソードとして、同期の島田紳助が師匠の島田洋之介・今喜多代(現・今日喜多代)に芸名を決められた時に、さんまは「その島田紳助という名前やったら絶対売れへん」とからかわれ、紳助は落ち込んだ。しかしそのすぐあとに「明石家さんま」という芸名をもらったという話を聞いて「こいつ(芸能人として)終わった」と逆に大笑いしたというエピソードを島田紳助がよく話している。
島田紳助とは、若手時代に営業で一緒に出演する機会が多く、私生活でもお互いの家に出入りするような仲でもあり、紳助が相方について悩んでいた時、松本竜介を紳助に紹介したのはさんまである。

デビュー当初のさんまは、菅原文太のものまねや、当時人気だったプロ野球・巨人の投手である小林繁の形態模写、漫談が主であった。さんまは巨人の小林繁の形態模写をしていたが、江川卓とのトレードで阪神に移籍した際に、この芸を封印した。
しかし、トレード直後の阪神タイガースでの小林繁の活躍に伴い、関西地区では小林繁の形態模写を熱望されるようになり、本人は渋々再開した所、小林繁と相乗効果で人気を集めるようになった。

そして、「漫才ブーム」が起こった。
明石家さんまは、関西地区では多少人気も出ていたが、この漫才ブームによって、同期で仲の良かった島田紳助らが、漫才ブームで全国的に有名になっていった。
しかしこの時さんまは、一切焦らず密かにじっくりと自分の地盤を固めていた。
それは、漫才ブームで活躍する芸人達がもっと人気になっていけば、そこには大きな道が出来るはずである。
しかしその芸人達は、必ずそのうち疲れてくる。
そしてその芸人達がバテてリタイアしていった時に、自分が颯爽と登場すれば良い。
このようにテレビについてさんまは考えていたからである。
そしてその考え通りに、漫才ブームは下火にはなったが、芸人の地位は以前とは比べ物にならないほど上がり、それによってビートたけしが作った「オレたちひょうきん族」に呼ばれるようになり、人気の火種となったコーナー「THE タケちゃんマン」の敵役・ブラックデビルである高田純次が急遽入院して、その代役として、その当時26歳の明石家さんまが代役を務め、そこから明石家さんまは一気に全国的に有名になっていったのである。

明石家さんまの魅力は、基本的にバラエティー番組しかやらない一貫性と、タレントではあるが裏表無く、いつもお笑いに対して真剣な姿勢、そして造語能力であると思う。

明石家さんまは、日本一バラエティー番組という言葉が似合うタレントである。
若手の時は、男女7人夏物語など数々のドラマに出演していて、男女7人夏物語で共演した大竹しのぶと結婚するなど、ドラマに出演するお笑いタレントのイメージもあったが、今現在は「お笑い怪獣」と言われるほどバラエティーをやり続けているイメージがあり、実際にやり続けている。
そのイメージはいつもお笑いに対して真剣な姿勢が視聴者の目には映っているからだと思う。
「踊る!さんま御殿」、「さんまのSUPERからくりTV」など、ゴールデンの時間帯で司会を務める一方で、「痛快!明石家電視台」、「MBSヤングタウン土曜日」など大阪ローカル番組や、ラジオなどの仕事も引き受けるという姿。
そして、陣内智則が藤原紀香と離婚後、島田紳助に報告のメールをしたところ、涙を流して感動するほどのアドバイスが返信された。
続いてさんまにもアドバイスをもらおうとメールをしたが、即座に「そんな事より、俺オモロい?」という返信が着たというようなエピソードがあったり、
若手の出演している番組や、自分の司会の番組は毎週欠かさず観ていて、自分が発言したところでは大爆笑しているというエピソードがあるように、
「この人は本当に笑いというものが好きなんだな」と思わせるところが、視聴者は明石家さんまという人は、いつもお笑いに対して真剣なんだと感じているのである。
それが、明石家さんまは、日本一バラエティー番組という言葉が似合うタレントであるということなのだろう。

しかし、明石家さんまは「明るいけど面白くない」というような感想を持つ人はよくいる。
それは、やすしきよしや、オール阪神・巨人のように他に追い越すことのできないような芸があるわけでもなく、島田紳助のように200人ものゲストに対して司会をできるわけでもなく、ダウンタウン松本人志のように天才的な発想があるわけでもないからである。
ではなぜそんな明石家さんまが、今でもバラエティー番組という言葉が似合うタレントでいられるのかというと、それは「とにかく明るい」からである。
明石家さんまは、「島田紳助」で述べたように、『さんまは野球選手で例えたら長嶋茂雄のような選手で、なんでもないサードゴロをファインプレイに見せてしまう魅力がある。』と述べた。
明石家さんまは本当にいつも明るい
2008年7月放送の「FNS27時間テレビ!!みんな笑顔のひょうきん夢列島!!」で総合司会を務めた際に、26日19時から翌27日22時まで全力で声がかすれるまで出演し続け、番組が終わった後には、放送スタジオでの打ち上げで、深夜1時までビートたけしと語り明かし、帰宅後も朝6時まで起きていて、「次は35時間テレビが出来る」と言っていたというエピソードがあったり、
雨上がり決死隊・宮迫博之の話で、「仕事で3日間一緒になった際、行きの飛行機の機内で寝ようとしたら、さんまに起こされ、ずっとしゃべり続けられ、初日の収録が終わり、次の日の入り時間が早朝だったにも関わらず深夜まで一緒に飲み、次の日フラフラになって収録現場に行ったら、何事も無かったかのように元気なさんまがいた。こんなことが3日間続きながらも収録が終わって、ダウン寸前で家に帰ってテレビをつけたら、さんまがいつもと変わらず、元気に生放送番組に出演していた」というエピソードや、
新幹線に乗っている時に、隣に座っているサラリーマンが軽くさんまに喋りかけたら、大阪に着くまでにずっと喋り続けられ、途中でそのサラリーマンの人が寝たいと言ったのにも関わらず、寝させてもらえずに喋り続けられた。
というようなエピソードがあるくらい、明石家さんまはいつも明るいのである。

明石家さんまのことを、こんなに明るいと言っているのは、これだけ明るいということは、明石家さんまには、「漫才ブームやエンタの神様のような演出が必要ない」からである。
どういうことなのかというと、
漫才ブームのときは、その漫才を盛り上がっているように視聴者に見せるために、「出来が悪ければ放送しない」「客席の笑いをちりばめる」という2つの技術を使ってそれを演出させた。
そしてエンタの神様では更に、わかりやすくするために「字幕を出す」という演出をした。
この演出全てが、明石家さんまには全く必要ないのである。
何度も言うが、明石家さんまは本当に明るい。だからもちろん最初から最後まで明るいのである。35時間テレビが出来ると言ってしまうくらい最初から最後まで明るいのだ。
つまり、明石家さんまが出ている番組は、最初から最後まで明るいのだから漫才ブームのときのように、「出来が悪ければ放送しない」「客席の笑いをちりばめる」というような演出は全く必要ないのである。

そして、明石家さんまには「明るい」ということ以外にも凄いところがある。それは、明石家さんまの魅力の時に書いた、「造語能力」である。
明石家さんまが作る言葉は、エンタの神様に出演しているような芸人の誰もが覚えやすいフレーズではなく、「トークの幅を広げ、観客を引かせないためのフレーズ」をさんまは作るのである。
代表的なフレーズは「H」である。
変態のローマ字読みの最初の文字を取って「H」。
今までの性的な会話は、こういうことをセックスをするなどと直接的に表現するしかなかった。
しかしこのさんまが広めた「H」よって、性的な会話がどれだけトーク番組で楽になっただろうか。
そして更に番組内だけでなくても、一般人女性の性的な会話がどれだけ楽になったか。
そして、これも今では誰でも使うようになった「ドヤ顔」という言葉。
これも明石家さんまが作った言葉である。
明石家さんまは、芸能界一といって良いほど笑いに貪欲である。
そのためトーク番組などで、他の芸能人が笑いを取っている姿に指をくわえて見ているということができなかったのだろう。
そこで笑いを取った後に、「どうや」と自慢げになってしまう芸能人に対して「ドヤ顔」とつっこむことによって、さんまは更に笑いを取ることができたのである。

このようにさんまは、エンタの神様のようにフレーズを覚えさせるわけではなく、日常で使えるフレーズを日本人の生活に溶け込ませていくわけである。
更に「踊る!さんま御殿」、「恋のから騒ぎ」、「さんまのまんま」、「さんまのSUPERからくりTV」の番組では、明石家さんまの発言には、エンタの神様のように字幕が出ないようになっている。
つまり、明石家さんまが出ている番組には、日常で使えるフレーズを日本人の生活に溶け込ませていくわけであるから、エンタの神様のようにわかりやすくフレーズを覚えさせるために「字幕を出す」という演出は、全く必要が無いのである。

この演出が全く必要ないから、明石家さんま本人も番組自体もリアリティーが出る。
つまり演出など全く無く、表裏の全く無い明石家さんまのトークをいつでも観ることができるのである。
だからこそ漫才ブームや、エンタの神様のようにすぐに飽きられずに、いつまでも日本一バラエティー番組という言葉が似合うタレントであり続けているのではないだろうか。
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