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漫才ブーム 2

しかし、このブームはB&B、ザ・ぼんちらの芸人だけが作ったブームではない。
実はこのブームは、あるプロデューサーが火付け役であった。

それは1979年の秋から、澤田隆治というプロデューサーが、かなり画期的でかつ大胆な企画を出して始まった「花王名人劇場」という番組が漫才ブームの火付け役である。
この番組から、今現在でも使われる2つの技術をこの番組から始めたのである。

1つ目の技術とは、
番組の収録で「激突!! 漫才新幹線」というタイトルで公開録画という形で番組の撮影が行われた回がある。
メンバーは、あらんどろん、B&B、ザ・ぼんち、ツービートというメンバーである。
しかし、こんなメンバーがいながら、この番組はそのまま放送されなかった。
そしてその次の回の収録の際に、「第二回 名人芸を見逃すな!」というタイトルで公開録画された「やすし・きよし、セント・ルイス、B&B」の漫才を、「激突!! 漫才新幹線」のタイトルで放送されたのである。
また、「漫才十八番」というタイトルで録画された「ゆーとぴあ、Wけんじ、正司敏江・玲児、青空千夜・一夜」の出演番組と、
「特選十八番集決定版 これが漫才だ!!」というタイトルで録画された、「レッツゴー三匹、内海圭子・好江、獅子てんや・瀬戸わんや、玉川カルテット」の出演番組を、
「漫才決定戦」というタイトルで、「ゆーとぴあ、Wけんじ、レッツゴー三匹、内海圭子・好江」のメンバーで放送した。
これが1つ目の画期的な技術なのである。

なぜこのようなことをするのかというと、それは演芸とは水物だからである。
その日の調子や客の感じで、ウケ方はまるで変わってしまう。毎回毎回漫才師が100パーセントの実力を発揮できるとは限らない。
それまでの普通の公開録画をそのまま放送しているというやり方では、たとえウケない芸人がいたとしても放送しなければならなかった。
しかし、このように出来が悪い漫才は、放送しないようにすると、いつもベストな組み合わせで番組が出来上がり、しかも芸人のほうも、出来が悪ければ放送されないとなると必死で頑張るというわけである。
これによって芸人も鍛えられ、番組のほうも面白い芸人しか出ないというイメージを印象付けることができた。

そして2つ目の画期的な技術は、漫才師が漫才をしている時に、その漫才師じゃない場所もカメラで映すということだった。
その場所とは客席である。
客席は笑い声があれば良いのだから、マイクが客席にあれば良いのではないかと思うのだが、澤田プロデューサーはその客席の笑いを、編集によって漫才の随所に差し込むことによって、ウケていない漫才であってもウケているように見せるというマジックを使ったのである。
つまり、あまりウケの良くない漫才師のボケの後に、やすし・きよしに笑っている客席の画を差し込むのである。
そうすれば、そのコンビはいかにも面白いというイメージを印象付けられ笑いをちりばめるので、番組全体がウケているように演出することができるのである。

この2つのことを澤田プロデューサーが始め、漫才ブームが起こったのである。
そしてこの2つの技術はその後、エンタの神様のプロデューサーである五味一男プロデューサーが引き継ぐことになる。
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